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2020.4.21

お金を使わなくても贅沢はできる!?

こんにちは!安房在住のライターMaocury(まおきゅりい)です。
今回は、鴨川市の内陸部で、珍しい生き方をしている人を見付けました。

現代美術アート作家として活動をしたのち鴨川に移住してきた、超雑食でグルメで、大抵のことは何でも自分でできてしまうという、一風変わった個性の持ち主。
一体どんな人なのでしょうか。

名前は永野太郎さん(31)。20代前半は千葉市や東京を中心に、「永野太郎」の名で美術作家として活躍する傍ら介護士として働き、サバイバル生活の研究や昆虫の養殖を手掛けるなどの活動をし、2018年に千葉市から鴨川市に移住をしてきたそうです。 鴨川でもひときわ面白い活動をしているということで、お話を伺ってみました。

千葉市出身ということだそうですが、なんで鴨川に移住してきたんですか

もともと、親戚が鴨川に住んでいて。
本家が鴨川にあり、住居を含めたそこの土地の再生行う話があり、移住を決断しました。

今は本家には住んでいませんが、その近くに住みながら今まで積み重ねて来た活動は続けていて、野食の研究や重害対策、農業など、一言ではまとめきれないですが、自然と共に地域と関わる活動を幅広くやっているつもりです。実は、某テレビ番組で著名人がサバイバル生活をする企画で、ロケに出向き監修をしたこともあります。その他、重害対策として捕獲されたイノシシや鹿などを解体する仕事もしていました。今でも、時々知り合いのつてで解体を頼まれる時は、携わっています。

ちなみに安房地方(※1)では、「虫を食べる人」として気づいたら有名になっていました。(笑)
美術作家時代から命の重さについては常に考えていて、食育を超えた命の重さを多くの人々と考え共有するイベントなんかも、講師として携わった経験がたくさんあります。
嬉しいことに、こういった活動がメディアにも注目されて新聞やWEBサイトにも多数掲載されるようになりました。

虫だけでなく、野草やカエルなど、食べられるものは美味しくいただいています。自分では、狸よりも雑食だと思っています。(笑)

https://www.chibanippo.co.jp/news/local/548582

里山は食材の宝庫と、笑顔を浮かべながら語る永野さん。
今回は、家の近くの里山に食材を探しに出掛けるということで、一緒についていった。

くねくねの山道を慣れた手つきの運転でどんどん進む。
運転をしているので当然前を見ているが、まるで目がもう一つあるかのような鋭い視線で、山菜が生えているスポットを当ててゆく。

わらび、ゼンマイ、きくらげなどの天然の山の産物。
都会のデパートで購入したら、いくらになるだろうか。贅沢な材料がたくさん揃った。

この日、「クロモジ」という木の芽がたくさん手に入った。独特な風味がどこかバジルのようだということで、ジェノベーゼ風のソースを作ってパスタにし、WEBに写真をUPしたところ、凄まじい数の反響が。永野さんも驚きを隠せない。

「そういえば、永野さんが活動されているという拠点には「梅本」という大きな看板がありますが、ここはもともとお店だったんですか?」

ここは昭和~平成にかけて約30年もの間、金束(こづか)地区(※2)の皆さんから愛されていた食堂(ラーメン屋)だそうです。家主が亡くなられて空き家になっていたところを、もともとシェアハウスをやりたかったこともあり、地元の方に紹介してもらいました。実際に2019年4月~、SNSで「小商いができる場所」として若者を募り、4名(これで満室)の若者を住人としてを集めました。その名も「居候の家」。ちょっと古風な名前ですが、悩みに悩んで命名しました。

–少し古くさいくらいが、地元の人からのウケもよかったのかもしれない。
建物のと風情とネーミングもマッチしている気がする–

地元の方から依頼された草刈りや重害対策、畑のネット張りなどを「仕事」として依頼を受けながら、地域のお助け隊として一緒に住みながら「なんでも屋」をやりました。
竹の切り方や火の扱い方、農作業の知識など、生きていく上でのスキルを兼ね備えているので、住人にそのスキルを教えながら地域の為に、そして住人のこれからの人生の選択肢を広げるために、模索しながらも運営をしてきました。

–もともと少子高齢化が著しいこのエリアに、永野さんを含めた5名の若者が活動をすることによって、ひときわ目立つ存在になったとのことです。–

参考記事

今は住人の皆さんはここには住んでいないようですが、何かあったんですか?

2019年9月に房総半島を襲った台風15号による甚大な被害により、シェアハウス運営の継続が難しくなり、「居候の家」プロジェクトは一旦ペンディングになってしまったんです。あの時は、鴨川を含めた房総半島全体が大きな被害を受け、主に県外からここに来ていた若者の生活をも脅かしてしまう状況だったので、やむなく終了していまいました。

その後、地域の活性化も大事ではあるものの、「災害復興」という真っ先に取り組まなければならないことがたくさん出てきました。自分の生活を立て直すのはもちろんのことですが、「地域の皆さんの生活の基盤を立て直すことに力を入れなくては」、そう感じてがむしゃらに動いてきた日々でしたね。

また、同時に地元人の紹介で、建築会社で被災した家屋の屋根の補修などを中心とした災害復興の仕事も始めました。今自分がやるべきことは何なのか、自問自答しながら日々活動をしています。被災して約半年がが経ちましたが、災害復興はまだまだこれからです。最近だと、修繕が難しく「解体」しなくては行けない建物も増えてきて心が痛みます。早く災害前の生活に戻れるよう、災害復興にも立ち向かっていきます。

これからの目標はなんですか?

居候の家の住人を再度募り、シェアハウスを再開しようかという考えもありましたが、ライフスタイルの変化に伴い、模索中。やるなら新しいやり方で、違ったスタイルを築いていきたいですね。また、自分のスキルと知識とこの立地と拠点を活かした飲食店の開業も視野にいれています。

田舎であれば、可能性は無限大です。お金をかけなくても、やりたいことはやれる。自分には何ができるのかを考え、まずは行動に移してみる。そうすると見えてくるものがたくさん出てきます。

同時に都会では経験できない大自然の贅沢を味わうことができる。なんも、食べ物だけが贅沢ではないなと。豊かな自然が織りなす景色や、鳥や虫の声、五感で感じるもの全てが贅沢極まりないと思っています。

–「贅沢とは何なのか」という原点さえも考えさせられる言葉ですが、こういった言霊も含めた全てを後世に残していくべきものだと思います。大きな大きな財産ですね。–

土地の開拓のために、安全に火を扱い燃やしていく
永野さんが解体した猪の骨や、きくらげなどからスープをとった山の幸ラーメン。
猪肉のチャーシューも自家製
近所の集落で、シイタケの榾木に菌打ちを行った。集落の皆さんで協力してせっせと作業
とある日の食卓。採れたての筍や野草の天ぷら。
炊き立ての筍ごはんや自家栽培の三つ葉のお浸し。新鮮で、できたての絶品を味わう

この記事のライター

Maocury(まおきゅりい)
Maocury(まおきゅりい)

安房地方(千葉県館山市)出身。大学進学とともに千葉市へ北上。卒業後の約4年間は千葉市と安房地方の二拠点生活(デュアルライフ)をしていた。本サイト運営会社「千葉キャリ」現役スタッフ。安房地方ではダブルダッチを通したストリートパフォーマンスの普及に力を入れ、現在千葉県ダブルダッチ協会の理事も務める。心の底から南房総を愛しており、生粋の房州人として地元のお祭りも参加。

2019年12月に安房に完全Uターン。より地域を身近に感じながら、都会と田舎の交流の架け橋を目指す。