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2022.10.29

館山へ移住×20代での起業~自身の経験を活かしたビジネスモデルづくりを目指して~

こんにちは!安房在住ライターのMaocuryです。

突然ですが、近年「移住」というキーワードをよく目にするようになってきました。
地方の可能性を改めて見つめ直し、自分らしくのびのびと生きていくことを選択する方が増えてきているように感じます。

今回取材させていただいた方もそのひとり。

2021年に千葉県館山市に移住し起業を果たした、牟田健登さん(29)です。

移住後に(株)クルージズ・テクノロジーズという人事コンサル会社を設立した彼は、身近な間柄では「ムタケン」と呼ばれ親しまれています。
もともとは関西出身(!)の活気に満ち溢れた爽やかな若手経営者。



一体どんな方なんでしょうか?

それでは本記事では牟田さんの今までの歩み、そして現在取り組んでいることや今後の目標などにフォーカスしていきます。

行動力抜群!な「ムタケン」とはどんな人?

もともと奈良県斑鳩町出身の牟田さん。
中学生の時に家族のご都合で東京へ引っ越し、そして社会人になるまで吉祥寺で過ごしました。

「思えばパッとしない中学~高校生活だったのかも…。中学時代はバレーボール部で挫折を経験。(運動が苦手なのにも関わらず入部したバレーボール部が、まさかの全国ベスト16だった。汗)また、勉強もずば抜けて得意というわけでもなく…。学校でもなかなか心から通じ合える友人に出会うことができなかったんですよね。」

そんな風に当時を振り返る彼。
ですが、徐々に「これだ!」と思える趣味に出会います。

「中学の終わりごろから英語が好きになりました。SkypeやFacebookを駆使し、英語を使って友達を作ることに没頭したんです。学校に友達がいなかったので、外に話相手を求めにいくようになったんですよね。当時住んでいた町が吉祥寺だったのも運がよく、アメリカ、イギリス、ペルー、フランスなど、様々な国の友達ができました。お陰で英語も得意になり、大学では英語教師を目指して国際関係学科へ進学。大学2年生の時に半年海外留学をしたり、勉強に熱心に取り組みTOEICでは800点近く獲得したり。大学では目標に向かってコツコツと知識や経験を積み上げていくことができていました。あの出来事が起こる前までは。」



何が起こったのかというと、留学前にアルバイトとして働いていた塾に、再度採用されなかったとのこと。
コツコツ頑張っていた牟田さんにとって、今まで活躍していたフィールドがなくなるのはショックだったに違いありません。

そこで気持ちを切り替え、全く別のアルバイトに飛び込みます。

「全然違うことをやろうと思って、アパレルショップ店員、スーツ販売店員を経験。それでも人間関係などの関係で長くは続きませんでした。そんな矢先、知人が一緒にオーダースーツ販売の個人事業主にならないか?と誘われたんです。ぼんやりと起業に興味があった私は、起業の予行練習の場と捉えチャレンジしてみることに。利益なんて全然なかったですけどね。(笑)1着売って数千円とか…。それでも、起業した快感?から、天狗になって大学にスーツを着て行ってしまて…ある意味注目を浴びていました。ある意味ですよ、良くも悪くも。」

そんな時期、現実に気づいたそうです。
今の収入はこれくらい(大したことない)なのに友達を見下している自分がいる。
そんな友達はみんな大手企業に就職が決まっていく。

これではダメだと思い、大学の卒業式が終わった後についに就職活動をすることに。
就活をすることを決めたはいいものの、何をやりたいのか、軸は未だブレブレもいいところ。
そこで彼は以前よりお世話になっている50代の経営者でいらっしゃる人生の先輩に、相談を持ち掛けました。

「なぜ就職したいの?」その問いに答えられなかったことが転機に


「先輩に聞かれた質問に答えられなかったんです。ぼやっとしてましたね。
お前は起業して、稼いで、社長になりたいんだろ?そのノウハウを掴むために就職するんじゃないのか。
そう先輩が言ってくださったときに諭されました。
全てのマインドを変えて就活に向き合ってみようと。」

稼げて、そして人のためになる、そんな「コンサル」という仕事に興味が沸くようになった彼。
そこからの就活は創意工夫を凝らしたものになっていったとのこと。

「例えば会社の面接の時に自らプレゼンをやったり、応募した会社の社長の著書を読んで読書感想文にまとめたり。いろいろやりました。自分は何で就活をしているのかの意味を考えながら、日々考えて行動していましたね。」

無事に志望していた人事評価のコンサル会社から内定をいただき、晴れて営業マンとして働くことに。22歳初夏の出来事でした。

「1年目は給料泥棒のような存在だったかもしれません。営業マンも初めてだったし、なんだか上辺だけのコンサルをしているような気がしたんですよね。よく『お客様の立場になって』って言いますけど、お客様は社長ばかり。到底同じ立場になんてなれないし。そこで2つの視点を持つことにしてみました。」

1 本当の意味でお客様の目線になる
同じ立場にはなれないからこそ、お客様の「目線」で物事を考えてみると、見えてくるものが変わった。だからこそ、自分なりに工夫してコンサルができるようになった

2 唯一無二の存在になる
「この会社だから」ではなく「牟田さんだから」頼られるよう意識する。他の社員とは違うことをして、「こういうことを言ってくれるの、牟田さんだけだよ」と言われることを糧にする

「…そんな視点を意識していたら、営業成績は着実に、そして猛スピードで上がっていきました。」

入社して3~4年でお客様の満足度、数共にトップクラスに返り咲いた牟田さん。
だんだんと、「お客様の真のニーズ」に気づいていきます。

起業への一歩と館山への移住


2020年の秋、自身で「気づき」そして「築き」、人事評価のクラウドサービスを作りました。
「これでいける!」と自信も持ち合わせていたそう。それは、牟田さんが四苦八苦しながら着実に経験を自分のものにしていったからこその大きな自信だったに違いありません。

そんな時に脳裏に浮かんだのが、そう「田舎での起業」。
当時住んでいた津田沼や、東京ではなく敢えて田舎で起業しようと思ったんだとか。
その理由を彼はこう語ります。

「当時ラスベガス在住の大学時代の友達が、お金がなくて困っていたんです。そこで一緒にYouTubeチャンネルを開設して資金調達の足しにしようという話になりました。打合せ方法はオンラインです。直接会わずに物事を進める手段として、オンラインは活用しない手は当然なかったですね。そして驚くことに3週間くらいである一定数のチャンネル登録者になったんです。どこにいても働けるとはこういうことか!と実感しました。

偶然、当時館山や南房総エリアにお客様がいたので、身近な存在である上にこの地域には魅力を感じていて。
そこで、移住×起業の地を館山にすることにしました。」

館山に足を運びながら、地元の方や他の移住者とのパイプを活用し、晴れて2021年2月に館山へ。

そこから本格的に牟田さんの起業、そして(株)クルージズ・テクノロジーズの物語が始まっていきます。

それでは、次回は現在の牟田さんの活動にさらにフォーカスしていきます。

お楽しみに!





この記事のライター

Maocury(まおきゅりい)
Maocury(まおきゅりい)

安房地方(千葉県館山市)出身。大学進学とともに千葉市へ北上。卒業後は千葉市と安房地方の二拠点生活(デュアルライフ)をはじめ、今でも継続中。安房地方ではダブルダッチを通したストリートパフォーマンスの普及に力を入れ、現在千葉県ダブルダッチ協会の理事も務める。心の底から南房総を愛しており、生粋の房州人として地元のお祭りも参加。

2019年12月に安房にUターン。WEBライター、薬膳コーディネーターとしての活動など、「一度きりの人生を全力で」いろんなことにチャレンジ中。
2022年1月~鴨川市松尾寺にて田舎の立ち飲み屋「ばんざい」のオーナー店長も務める。

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